(一七)「多数決で決めれば、多数派が勝つに決まってるじゃないか!」 先の東京都知事選(二〇〇七年四月八日 立候補者十四人)で、約一〇二三万の有権者のうち、投票者は約五五六万人(投票率は約五十四パーセント。前回は約四十五パーセント)。当選した石原慎太郎(七十四歳・三選)は約二八一万票を獲得。以下、浅野史郎(五十九歳・約一六九万票)、吉田万三(五十九歳・約六三万票)、黒川紀章(七十三歳・約一六万票)、ドクター・中松(七十八歳・約九万票)……。そして、外山恒一(三十六歳)は ── このひとだけを正確な数字でいうと ── 一五〇五九票を獲得しました。 私は彼がなんとか一万票を得られないものだろうかと考えていたので、この実際の数字は望外のもの・快挙でした。 彼がこれだけの票を得られたのは、おそらく政見放送での非常に特異なパフォーマンスによるもので、それは「YouTube」上で膨大なアクセスを記録して、選挙管理委員会から削除要請が出るという、さらなる評判まで勝ち取ったんでした。 その「政見放送」で彼がどんな発言をしたか? 全文を引用します。
しばらく私の職場でも、彼の話題で盛り上がるということがあったんですが、やがてひとりが、そろそろ彼にも飽きてきた、やっていることが滅茶苦茶だ、「多数決で決めれば、多数派が勝つに決まってるじゃないか!」も、そもそもそういうものを多数決というんじゃないか、といったので、私は驚いたんですね。それでは、この同僚は私とは全然違う視点で外山恒一を見ていたわけなんだ、彼は外山恒一をまったく理解していないんだということがわかったわけです。
これ、まったく同じことを私は考えています。私は「はじめに」でこういいました。
そうして、
それで、
これを、たとえば「ベストセラー」だとか「本屋大賞」だとかに結びつけて考えてみてください。
これは ── サーヴィス満点であるにせよ ── ギャグじゃありません。 これもまた私の「はじめに」からの引用ですが、
外山恒一の行動の底にはこのしんどさの乗り越えが必ずあります。彼の行動はまったく滅茶苦茶なんかではなく、単に目立とうとして受けを狙ったパフォーマンスなんかでもなく、真摯な叫びです。 この「政見放送」を実際に見る少し前に、私はネット上に公開されている彼の文章のいくつかを読んでいたんですけれど、「何が死の校門を押させたか」、「子ども自身による反「管理教育」運動なるものはほとんどゲロゲロである」、「ブルーハーツ・コンサート爆砕報告」、「いじめられたらチャンス」など、とてもよいと思いました。そこで、長い引用ですが、
どうですか? とはいえ、私は彼のいま望んでいるような「組織」とかそれの「運動」とかを端から望みません。私を中心にそういうひとたちが集まったってしかたがありません。私の考えているのは、あくまで「てんでんばらばらに」なんです。「てんでんばらばらに」を理解し、実践するひとの数が「てんでんばらばらに」増えればよいと思っているだけです。 だから、外山恒一がこの先どうなるのか気にはなりますが、彼が逆に「組織」とか「運動」に足を取られなければいいなと思うんです。
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